世間や空気感をつくる感覚的な話

普段何気なく目に入る媒体の情報に、無意識的に空気感を作られていることがあるという話。

いつの日かツイッターで見かけた、現代の働き方ディス。

やたら煽るけど、少数派ではないかと、ある日ふと思った。

どういう意図や文脈で語っているのか確かめようと思い、タイムラインを見返し、具体的な投稿を探すも、これぞという内容がみあたらない。

ごくごく一部の偏った投稿(と、投稿者のブログタイトル)が、尖った意見として自分の記憶にぼんやり残っていて、その残像にツイッターという概念が混ざってしまっていた。

つまり、ごく一部の尖ったインフルエンサーの発言が、最近のツイッターの民意のように受け取られ、自分の中での空気感、いわゆる「世間」の代表的な意見を醸造しつつあることに気がついた。

これがこじれると、残像が幻になって、幻覚になると思う。

自分の感覚的な円に、他人の尖ったところが触れると生じる感覚的な反応が自分の記憶として残る。

尖ってる方は自覚する本体はまた遠くにあるので、尖った先が触れて生じた他人の感覚には無意識的。

噂話に尾ひれがつくのも同じような現象かも。

そんなこと、身近にありませんか?